2012年6月20日水曜日

卒業


6月16日と17日に卒業式が行われ、僕のStanfordでの夢のような2年間が終了した。人生の大きな節目であるこの機会に、2年間を振り返ってみたい。

1. Transformational Experience 

多くのMBAプログラムは、自己のプログラムを、学生の人生観が大きく変わる「Transformational Experience(人生の転換となる経験)」と形容している。僕にとって、Stanford GSB(Graduate School of Business)での2年間は、期待をはるかに上回るTransformational Experienceとなった。

過去2年間、数多くの授業/ケースを通じて、実務で学ぶのと比して効率的/効果的に、幅広い経営分野に関する知識を身につけるとともに、数多くの経営課題に関する意思決定を疑似体験することができた。また、Stanfordの学生でなければ会えないような世界的なビジネス・政治のリーダーから話を聞くことができた。

このような素晴らしい学習機会に恵まれ、僕のビジネスに関する知識・スキルは大きく向上したと思うが、それ自体が自身の人生観を変えたわけではないように思う。僕がStanfordでの過去2年間をTransformationalと考えるのは以下の3つの点においてだ。

  • シリコンバレーのエコシステムを体験できた点 
  • 物事を相対化して見ることができるようになった点 
  • 世界レベルでも知力が通用するという自信を得た点

(1) シリコンバレーのエコシステムの体験 

Stanford GSBの何よりの魅力はシリコンバレーの中に位置するという点だ。僕は、Social Media関連のスタートアップが数多く興隆し、Facebookの上場という歴史的イベントが起こったその時に幸運にもシリコンバレーに身を置くことができた。

大手Venture Capitalの元パートナーが講師を務める授業には、数多くの成功した起業家がゲストとして来校し、彼らが実際に体験した経営課題に関するケースに関してクラスで議論した後、ケースの主人公であるゲスト本人から体験談を踏まえた主要な学び(key takeaways)を聞くことができた。

その他の起業関連の授業や講演でも、シリコンバレーで活躍する、起業家、Venture Capitalist、投資銀行家、弁護士等の様々なプレーヤーから話を聞くことができ、シリコンバレーのエコシステムを理解し、シリコンバレーをより身近に感じることができるようになった。

授業外でも、Venture Capitalのインターンとしてスタートアップの評価の手伝いをしたり、Stanford GSBの学生のステータスや人脈を活用し、様々なスタートアップのマネジメントと会って話をする機会に恵まれた。

僕自身は、在学中にビジネスプランをいくつか考えたものの、結局は起業・資金調達というプロセスを実際に経験したわけではないため、偉そうなことを言える立場では決してない。しかし、そんな僕にすら大きな影響・刺激を与えるほど、シリコンバレーは特別な雰囲気を持ち活気に満ち溢れており、シリコンバレーでの日々は、他では決して得ることのできないかけがえのない経験となった。


(2) 物事を相対化して見る力 

留学に来る前、僕は、政治・教育、経済その他の事項に関して日々後ろ向きのニュースが続いている日本に関して悲観的な見方を持っていた。しかし、留学に来て気付いたことは、これらはアメリカその他の国でも同じように問題となっていること、そして日本には、他国にはない素晴らしい点がいくつもあるという点だ。世界各地で出会った日本に行ったことがある人は皆、安全性・街の綺麗さ・サービス・食事のレベルの高さ等を挙げ日本を褒めていた。日本ではリスクを取る起業家が少ないという話をしたら、韓国人やドイツ人も同じことを嘆いていた。世界中で数多くの地域がシリコンバレーモデルを模倣しようとしているが、成功している例はほとんどない。現状の日本の仕組みが最適とは思わないし建設的な批判・改善の提案は必要だが、過度の悲観は望ましくないと強く思うようになった。

また、Stanford GSBに来る前は、自分のキャリア(PEファンドのプロフェッショナル)に関して多少の迷いがあった。ヘッジファンド・マネージャーのほうが、経済のダイナミズムを経験できてより刺激的なように思えたし、起業家の方が社会に貢献しておりより高貴な仕事のように感じた。しかし、香港とボストンでのヘッジファンドでのインターンを通じて、彼らが日々どのような仕事をしているか体感し、その長所・短所を理解できた。また、多くの起業家から話を聞き、彼らを鼓舞しているのは多くの場合高貴な社会的ミッションではなく、ビジネスチャンスをものにし、事業を拡大したいという強い願望であることも理解できた。そして、キャリアに客観的な良し悪しはなく、一番大事なのは、自分が心底楽しむことができ、自分の力を発揮できる仕事であることだと思うに至った。

異国の地で、様々な異なる文化の人々に囲まれ、ある特定の業界の縛りを受けることなく情報を吸収し、自由に考えを巡らすことのできたこの2年間で、物事を相対化して見ることができるようになったと思う。


(3) 世界レベルでも知力が通用するという自信 

僕は、MBAに加えて、School of Earth ScienceのMaster of Science(MS)の学位も取得した。実務的な内容でありアカデミックな水準は必ずしも高くないMBAと異なり、MSの授業は、完全にアカデミックな内容であり、高校レベルの物理・化学の知識さえ覚束ない僕にとっては、かなりハードな内容だった。実際、2年間で二つのMasterの学位を取るというのはスケジュール的に非常に困難で、僕のバックグランド(文系出身で英語ノンネイティブ)から、先輩や大学側からも2年間で二つのMasterを取るのは無理とのアドバイスを受けていた。

しかし、子供の頃から「無理」と言われたら異様な集中力と執着心を見せる僕は、高校レベルの物理・化学の教科書を日本から取り寄せ、理系出身の同級生からのサポートのお陰でなんとか2年間でMSの学位も取得できた。

MSでの経験により、環境問題という人類が直面している大きな問題及びその解決策に関して科学・政策・ビジネスという複合的な観点から理解を深めることができた。そして何より、Stanfordという理系で世界トップレベルの大学の学生が相手であっても、自己の知力と知的探究心が(ある程度)通用するという得がたい自信を得ることができた。


3. 「What to Change」ではなく「What NOT to change」 

Stanford GSBのミッションは"Change Lives. Change Organizations. Change the World."だ。このミッションに共感し、多くの学生は自分に何が変えられるかを2年間考え抜くこととなる。僕もその一人だった。

しかし、最後の授業でBarnett教授は僕らにこう語りかけた。


「機会主義的に何を変えられるか(what to change)を考えることもいいが、君に変えられることは他の人にも変えられること、その結果君が世の中に与えるインパクトは限定的になってしまうであろうことを肝に銘じて欲しい。」

「自分が何を変えたくないか(what not to change)を考えると、自分にとって何が大切かを理解できる。例えば、愛する人や子供は毎日会っても飽きることがなく、むしろ絆が深まっていくかけがえのない存在だ。自分の自然体(authenticity)に素直に、心からの興味に沿った一貫したキャリアを歩むということも、選択肢として考えて欲しい。そうすることにより、結果的に、人・組織・世界に大きな影響・変化をもたらすことができるかもしれない。」


独身が大半のStanford GSBの学生の中にあって稀な、2児の父親である僕は、この言葉に人一倍感銘を受け、2年間を振り返っていた。


4.家族の絆 

結局のところ、この2年間での最も大きな収穫は、経営に関する知識でもなければ、(上述した)人生観を変えた体験でもなく、慣れない異国の地で、力を合わせて生活したことにより深まった家族の絆だと思う。

二つのMasterプログラムに所属していることもあり、この2年間いつも過度の負担を妻にかけてしまった。文句を言わずに最大限のサポートをしてくれた妻と、いつも笑顔で元気付けてくれた子供に心から感謝したい。2つの学位は、僕個人ではなく、家族で勝ち取ったものだと思っている。

卒業式に日本から駆けつけてくれた両親、そして遠く日本から温かく見守ってくれた兄と妹にも心から感謝したい。実際に子育てをしてみて、いかに子供が両親と兄弟/姉妹から大きなサポートと影響を受けて育っていくかが理解できるようになった。この感覚は、実際に子育てをしてみないとわからないものだ。また、妻の両親と姉妹家族からも2年間心強い励ましとサポートをもらった。人生の節目の卒業式の日に、このように自分の人生を振り返り、感謝すべき人に感謝する機会を得ることができたのは、子持ち学生の特権だと思う。今回の卒業に際しては達成感はほとんど感じることはなく、ただ感謝の気持ちで一杯だった。今までも、大学入学・卒業、司法試験合格・弁護士資格獲得等様々な節目を迎えてきたが、このような感情は全く初めてのことだ。


5. クラスメートとの友情

同じく今後変わらず続いていく、2年間で築いた財産はクラスメートとの友情だ。僕個人としても家族としても、クラスメートからのサポートのお陰で、この2年間を乗り切り、有意義なものにできたと思う。Stanford GSBは他のビジネススクールと比べて規模が小さく(例えばHarvard Business Schoolと比較すると学生の数は約半分)、在校生/卒業生のネットワークが非常に強固であることで有名であり、この友情/ネットワークは僕の人生のかけがえない財産であり続けるだろう。



最後に、僕の留学のことを気に留めてくれた、米国、日本、そして世界各地で活躍している友人にも感謝したい。皆の活躍は励みになったし、常に自分も頑張らないとという刺激をもらい続けた。今後とも宜しくお願いいたします!




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2012年4月11日水曜日

サラリーキャップ攻略の重要性

以前のエントリーで触れたとおり、NFLにおけるサラリーキャップについて、49ersのCOOであるParaag Maratheから非常に興味深い話を聞くことができた。

サラリーキャップとは、選手に対する給与総額に関して何らかの仕組みを用いて上限を設定することをいうが、NFLにおいては、リーグ収入(より正確にはDesignated Gross Revenuesという概念だがここでは詳細には触れない)に一定割合を乗じた数が上限として設定されている。NFLにおいては、リーグ収入は各チームに均等にシェアされるので、各チームは同金額のサラリーキャップに服することとなる。(なお、シェアの方法としては、均等配分の他に、弱者を優遇する仕組み(MLB)と強者を優遇する仕組み(English Premier League)がある)

ここで留意すべきは、上限に服すべきサラリーは、必ずしもキャッシュアウトの金額とは一致しないという点である。たとえば、通常、契約時にはupfront bonusを支払うが、その金額は契約の期間に従い償却(amortization)され、(キャッシュアウトではなく)その償却分が毎年のサラリーとして認識されるからだ。そして、契約を移籍等の理由で解除する場合には、未償却の残高が一度に償却されサラリーとして認識される仕組みとなっている。

すなわち、選手獲得の予算を効果的に用いるためには、事前に将来のリーグ収入を予測し、サラリーの上限を計算することはもちろん、それに加えて、新たな契約の締結・既存の契約の解除に起因するupfront bonusの償却についても正確な予測を行い、ドラフトにおける新選手獲得に十分な予算を残しておく必要がある。(ドラフトは移籍市場と比べると割安に才能を獲得できるので、ドラフトに十分は予算を残しておくことは極めて重要である)

こういった計算は、特に選手の獲得・移籍・契約解除に関する不確実性が存在する状況においては容易なものではなく、緻密なシナリオ分析・期待値・リスク分析が必要となる。

この点は、サラリーに関する規制のないEnglish Premier Leagueとは極めて対照的で、NHLにおいては、数値分析に強いマネージャーがチームの経営部門に存在する必要性が極めて高いと考えられている所以である。

実際に、サラリーキャップに対する効果的な対応とチームの勝率との間には相関関係があり、サラリーキャップ攻略の重要性は、客観的データによっても裏付けられている。


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マネー・ボール理論のサッカーへの適用

本日のSports Business Financingのゲスト・スピーカーはOakland Athletics(A's)のGeneral Manager(GM)であるBilly Beanだった。Billyは、2003年に出版されたMichael Lewis著「Moneyball」(2011年にBrad Pittが主演で映画化された)に主人公として描かれていることで日本でも有名だと思う。



California出身のBillyは、Stanford大学からのスカウトを蹴って、1980年のドラフトでプロ野球の世界に進んだが、結局プロとしては実績を残すことができず、1989年にAthleticsで引退を迎えた。そして、翌年に球団スタッフに転進し、1997年にGMに昇進した。その後10年間でチームをプレーオフに5回導いている。なお、Stanford大学からのスカウトを蹴ったことは結果的に間違った選択だったと嘆いていたが、今こうしてStanford大学の学生に講義をできることを非常に喜んでいると言っていた。


1. 球団経営者はファンド・マネージャー?

開口一番、彼はこう言った。

球団運営は、投資ファンドのマネージャーの仕事と極めて似ている。与えられた予算を効率的に選手というアセットに割り当て、リターンを最大化することが任務だからだ。我々の独自性は、Wall Streetのスキルをプロ野球界に持ち込んだことだ。」

Moneyballに詳細に描かれているように、彼は過去の膨大なMLBの選手の記録の統計分析を用いて、選手のどのような資質/スキルがチームの勝率と相関しているかを分析した。そして、そのような 資質/スキルを有しているものの、一般の評価が低い選手(Undervalueされている選手)を取得することに注力した。例えば、スピードがあり盗塁を多く成功させる選手は従来は価値のある選手として重宝されたが、分析の結果、そのような資質とチームの勝率と相関関係がないと判明して以降は、彼はスピード/盗塁率は、選手評価において考慮しないようになったという。

A'sのような小規模/中堅クラブがNY Yankees のような巨大なチーム(選手へのサラリーの規模で約4倍の開きがある)に太刀打ちするためには、勝率にもっとも影響を与えている資質/スキルを有した選手に重点的に投資するしかなかったわけである。


参考:2002年度のチーム別サラリー総額(赤がA's)


彼の用いた統計的分析を重視した選手獲得/球団運営は、Moneyballで注目されるようになり、その後他のチームも採用するにいたり、現在では他のチームの多くも、統計分析(Sabermetricsと呼ばれる)の専門家を雇っている。Billyの言葉を借りて言えば、「MLBという市場は効率的であり、したがって裁定機会はすぐに消失することが証明された」わけである。

ただし、Billyは仮にMoneyballが出版されなかったとしても、他球団が同じような戦略をとることになったであろうと言っていた。A'sの成功は既に多くの興味を呼んでおり、チーム経営者がA'sの手法を採用するのは時間の問題であったようだ。


2. マネー・ボール理論の他スポーツへの適用

統計的分析が野球にうまく適用されるのは、野球が、①チームの勝敗が個々人の成績に大きく左右され、②個々人の選手のパフォーマンスが他の選手のパフォーマンスに左右されない(相互依存性がない)という特質を有していることによると考えられる。

では、サッカーのように、上記①、②のいずれも満たさない(①チームの勝敗は単なる個々人の成績のみでなくチームワークに大きく左右される、②ある選手(例えばストライカー)のパフォーマンスは他の選手(例えばパサー)のパフォーマンスに大きく影響される)スポーツには、統計的分析は適用できないのであろうか?(なお、サッカーの他、American Football、BasketballやIce Hockeyもこの範疇に当てはまろう)

この質問に対して、Billyはこう応えた。

「サッカーのような相互依存性の高いチームスポーツにおいては、分析すべき情報が野球ほど単純ではない。しかし、そのことは、統計的分析が有用ではないことを意味しない。より高度な分析が必要となるだけだ。今後、サッカーにおいても、MLBで起こったことと同じようなことが起こるであろう。」


*   *   *

今年、Jリーグでは、ヴィッセル神戸がデータを重視した積極的な選手獲得をしたことが話題になった。しかし、ヴィッセルは、開幕2連勝という好スタートを切ったものの、その後3連敗を喫しており、今のところ望んだ結果は残せていない。

Billyは、近年スポーツ業界には、金融業界やMBA/PhD等を経た数字に強く分析力の優れた若者が多く流入していると言っていた。先日紹介した49ersのCOOであるParaagはその一例であるし、サッカー界に目を向けてもManchester UnitedのMamagind Directorの一人は投資銀行/PEファンド/Stanford MBA出身の元ビジネスパーソンのようだ。

サッカーへの適用に関しては、個人的には、統計上の知識/分析力があればある程度容易に分析ができる野球とは異なり、分析力とサッカーの双方において高度な理解力が必要不可欠であるという点で特徴的であるように思える。サッカーは時代と共に戦術の変化し、必要なスキルもそれに合わせて変化することから、選手評価のmetrics(基準)も柔軟に変更する必要がある。あくまで仮説に過ぎないが、そのような分析のできる人材は稀であろうから、チームがそのような人材を保有することによる競争優位性は、野球の場合に比して大きいのではないか。


いずれにせよ、分析力の優れた人々がスポーツビジネスの世界に入ることにより、チームの経営そして競技パフォーマンスにどの程度影響を与えることができるのかは非常に興味深いテーマである。今後も、スポーツ・ビジネスの動向からは目が離せない。


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