2011年8月9日火曜日

米国トップMBAのキャリア事情(1) - なぜMBAではPEファンドが人気なのか?

「EBITDAを正確に理解する」という極めてテクニカルな前回のテーマとは打って変わって、今回は、もう少し皆さんの興味を引きそうなテーマ、具体的には米国のトップMBAのキャリア事情、を紹介ししたい。


1. アメリカ人にとってのMBA

現在、アメリカ国籍のMBAの学生は、大学(院)卒業後2年~5年程度の実務経験を積んでMBAに来る者が多い(International Studentsは若干年齢層が高い傾向にある)。以前は、もっと長い期間実務経験を積んだ人を受け入れていたようであるが、Stanford、Harvardを筆頭にトップのMBAプログラムでは、より若い人材を受け入れる傾向にあるようだ。近年ではトップ校の平均入学年齢は27-28歳と言われる。その根拠としては、一般的には以下のような説明がなされる。1) ビジネススクールは、Law School、Medical School等の他のGraduate Programと優秀な若手人材の争奪戦を繰り広げており、長期間の実務経験を要求することによる不利益が従前は大きかった。2) 若い人材のほうが、ビジネススクールでより柔軟な姿勢/態度で新しいものを吸収する傾向にある。これに加えて、 アメリカでは優秀なビジネスパーソンの典型的キャリアがある程度決まっており、2-3年程度の勤務経験が(もちろん、あくまでもビジネススクールの尺度での)応募者の将来性を判断するのには十分との考えもあるような気がする。

日本でも最近海外のみならず国内のMBAに行く方が増えているようだが、MBAというとまだ特別な何かという印象を持たれる場合が多いように思う。一方、アメリカでは、MBAは(エリート)ビジネスパーソンにとっては特別な何かではなく、経営幹部になるために当然に必要な登竜門、あるいは他の業界・会社へのキャリアチェンジの場として自己のキャリアのどこかで当然に取得するもの、というように考えられている。将来の経営幹部を内部で育成する日本企業とは異なり、欧米企業においては、会社経営が一つの職業として確立されており、事業会社や経営コンサルティング会社で経験を積んで、かつMBAで経営全般に関する知識を体系的に学んだ経営プロフェッショナルが外部から経営陣として招聘されるといった事例も多い。アメリカでは、依然として金融業界・経営コンサルティング業界が就職先として人気があり、これらの業界がMBAの卒業生を多く採用していることから、これらの業界へのキャリアチェンジの手段としてMBAを考えている者も多い。

近年米国トップMBAで一番典型的に見られる学生は、Goldman Sachs等の投資銀行(IB)やMcKinsey等の経営戦略コンサルティング会社(戦略コンサル)で2~3年程度勤務した若者だ。IBや戦略コンサルは、2年程度の新入社員向けプログラムを持っていることが多く、また、MBAの取得がどこかのキャリアアップの段階で必要とされることが多い。その結果、そのプログラムを終了した者の多くはMBAに入学する。彼らの多くは、2~3年間の間、ほぼ休む暇なく働いてきたので、彼らにとっては、MBAは出世のために必要な経験であるとともに、全力疾走で無我夢中で歩んで、いや、走ってきたキャリアから少し離れ、自分を見つめ直す良い機会でもある。

そんな彼らにとって、近年一番人気の卒業後の職業がプライベート・エクイティ、いわゆるPEである。以下では、なぜPEがMBA生に人気がある職業なのかを考えてみたい(*1)。


2. MBA生憧れの職業としてのPE

PEとは、投資家から資金を集め、通常は会社の全株式(Equity)を取得し、典型的には5年程度の投資期間を目処に、取得価格より高い価格で株式を売却し、その結果生じるキャピタルゲインを投資家に対して分配するビジネスである。非公開の株式を取得し、あるいは公開株式の全株式を取得することにより同会社を非公開化(いわゆるGoing Private)することによって、結果として非公開の株式を保有することから、”Private” Equityと呼ばれる。

広義のPEは、通常、①ベンチャーキャピタル(スタートアップへの投資)、②グロース・エクイティ(成長段階の企業への投資)、③狭義のPE(成熟企業への投資)、の3つにさらに分類される。この中で、運用資産額が一番大きく、その結果MBA生にとって最もメジャーなのが③である。

PEがMBA生に人気のある職業であるのは、以下の理由によると考えられる(なお、これらはPE投資プロフェッショナルやPEに興味のあるクラスメートとの会話等に基づく僕なりの整理に過ぎない点、ご了承いただきたい)。


経営全般に関与でき、大きなインパクトを与えられる

経営コンサルタントは、経営課題の一部しか関与できないケースも多い。たとえば、特定の商品の販売戦略、製造工程のスリム化、在庫管理の効率化等は、個々のプロジェクトは興味深いとは思うものの、それらが全体として会社の経営戦略上どのように位置付けられるか、または全社のPL(損益計算書)やキャッシュフローにどのような影響を及ぼすかという、いわば経営者に近い視点での分析・検討をする機会は必ずしも多くは与えられない。また、仮に自己が満足のいく分析であったとしても、クライアントの組織上または何らかの理由で採用・実行されないことも少なくなく、そのような場合、コンサルタントとしては大きなフラストレーションを感じるようだ。

一方、IB出身者は、担当業界の動向や、資金調達・M&A等のクライアントにとって極めて重要なプロジェクトについて広範なアドバイスを提供した経験を有するが、M&Aの後の実際の事業運営については全く関与することができず、ビジネス自体というより、業界知識のスペシャリスト、あるいは資金調達・M&Aのプロセスのプロフェッショナルという側面が強い。人によっては、より事業に深く関与したいと思うこともあるようだ。

この点、PEは会社の持分の全部を取得し経営権(厳密には経営者を選ぶ権利)も取得することから、構造上、経営陣に対して大きな影響力を有することとなる。実務上も、ストックオプションの付与等を通じでPEと経営陣の利害が一致している。したがって、PEの投資プロフェッショナルとして働くと、経営陣と頻繁に意見交換をしながら、自己が経営陣と共に全社レベルで重要な事業改善プランの策定・実行を担うことができる(*2)。MBA生の多くは、この点を魅力的と考えるようだ。


バイサイド vsセルサイド

金融業界では、バイサイド(Buy Side)・セルサイド(Sell Side)という言葉がある。バイサイドとは、PEファンド等、投資家から資金を預かって運用する者のことであり、セルサイドとは、バイサイドに対してアドバイスを提供する者のことである。そして、セルサイドの典型例がIBであり、またPE案件の文脈では、戦略コンサルもこれに該当する。

バイサイドの投資プロフェッショナルはほとんどが元IBか戦略コンサルなので、彼らはIBや戦略コンサルの「使い方」に慣れている。彼らは、総じて、非常に要求水準の高いクライアントになりがちである。さらには、元IBか戦略コンサルであることから、セルサイドのIB/戦略コンサルにとって一番「頭を使う/知的に楽しい」仕事である課題設定や問題解決のフレームワークを彼らが指定することも少なくなく、これは、セルサイドのIB/戦略コンサルにとっては面白くない。

近年、IBとコンサルの案件に占めるPE等のバイサイドの割合が高いため、若手の多くはこのような経験をMBA前にしている。また、優秀な先輩がセルサイドからMBAを経て、バイサイドに転職するといった事例を多く聞いている。その結果自然に、自分も、セルサイドからバイサイドに移りたいと考えるに至るようである。

投資の意思決定への関与の有無も両者の大きな差異である。IBは、M&Aをクライアントに提案し、M&Aの手続きに深く関与し、また、クライアントのために企業評価(バリュエーション)を行うものの、最終的な投資の意思決定に関与することはない。投資に関与する以上、自分も最終的なrisk takerとして投資の意思決定に関与し、結果に応じた報酬を得たい、と思うIB出身者も多い。


報酬/ワークライフバランス

米国では、一般的には、バイサイドの報酬はセルサイドより高い傾向にあるようである(報酬:PE>IB>戦略コンサル)。また、PEでの仕事は、戦略コンサルよりは労働時間が長いものの、IBよりは短くなる傾向があるようだ(ワークライフバランス:戦略コンサル>PE>IB)。その結果、報酬/ワークライフバランスを総合的に考慮し、PEがベストと考えられることが多いようである。


MBAで培うスキルを広く発揮できる

最後に、PEの仕事は、ファイナンス、戦略、コーポレートガバナンス、人事(インセンティブの仕組み構築/採用/解雇)、交渉、リーダーシップ等、MBAで学ぶ広範囲の知識/スキルを、卒業後すぐに広く発揮できる数少ない仕事である。自分で起業/経営をすることがMBAのスキルを最も発揮できるものであることには異論はないであろうが、起業を検討しつつも、最終的には、MBA入学の際に背負った多額の債務等も考慮し、PEから幸運にもオファーを獲得できた者は、比較的確立された業界でありリスクが少ないと考えられるPEに入るという選択肢を選ぶことが多いようである。


3. 近年の異変

依然として人気のあるPEだが、近年は、大手PEファンドは採用を減らす方向にあるようである。また、そもそもMBA留学前にPEファンドでの職務を経験している者(典型的には、大手IB/大手戦略コンサルで2年、PE2年といったキャリア)も最近は多い。彼らPE出身者が、PE業界にあえて戻らないケースも増えてきている。そういった者はどうするのか?

 結論からいうと、そういった者は、より流動性の高い資産に対して投資するヘッジファンドに進むケースが多い。背景には、様々な事情があるのだが、その点については、また別の機会に書きたい。


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*1 僕の在学しているスタンフォードMBAでは、スタートアップが圧倒的に人気のキャリアで、学生中から起業準備を進める者がとても多い。このスタンフォードのカルチャーは、シリコンバレーがイノベーションを創出し続けていることと密接に関連しているように思われる。この極めて重要テーマについては、いつか整理して共有したいと思う。

*2 最近は、投資プロフェッショナルとは別に、投資後の経営サポートのチームを専属で抱え込むPEファンドも多い(KKR Capstone等)。このことは、PEビジネスが、市場の成熟に従い、レバレッジを利用したFinancial Engineeringによってリターンを確保できた段階を経て、投資後に新たな経営リソースを投入し、事業改善を行い、企業価値を高めなければリターンを確保できない段階に至ったことを示す一つの証左と考えられる。